マダン一日目


キャンプ地があるマダンに到着です。先のりしていたパプアニューギニア政府観光局の方、ニューバランスのスタッフの方、コーチの方などが、お出迎えしていただきました。これから、バスでマダンリゾートという宿泊施設にむかいます。この日の行程は、朝食をとって、14時までリゾート内で休息し、午後から調整トレーニングです。空は昼間なのにコウモリが、たくさん飛んでます。残念ながら!?食べれませんでしたが。。
トレーニングの前に、まずはニューバランスの方とPNGの政府観光局の方からこの
トレーニングキャンプの説明とニューバランスの裸足感覚シューズ”ミニマス”の説明があり、
コーチの白方さんから裸足ランを座学で学びます。

外へ出てのトレーニングは、宿泊地のマダンリゾート内のヘリポートの芝生で行われました。
ここで、飛行機の旅で凝り固まったカラダをほぐします。
ストレッチなどの軽い運動の後、裸足ランニングの基礎を教わります。
フォアフットの使い方、体幹の使い方、体のバネの使い方などなど。

軽く本日のトレーニングは終わり、マダンの美しい海と自然を満喫しながら、
夜は全員で食事をとりつつ交流し、PNGでのはじめての夜は更けていくのでした。

つづく。

マダン一日目


キャンプ地があるマダンに到着です。

先のりしていたパプアニューギニア政府観光局の方、ニューバランスのスタッフの方、コーチの方などが、お出迎えしていただきました。

これから、バスでマダンリゾートという宿泊施設にむかいます。

この日の行程は、朝食をとって、14時までリゾート内で休息し、午後から調整トレーニングです。

空は昼間なのにコウモリが、たくさん飛んでます。
残念ながら!?食べれませんでしたが。。

トレーニングの前に、まずはニューバランスの方とPNGの政府観光局の方からこの

トレーニングキャンプの説明とニューバランスの裸足感覚シューズ”ミニマス”の説明があり、

コーチの白方さんから裸足ランを座学で学びます。

外へ出てのトレーニングは、宿泊地のマダンリゾート内のヘリポートの芝生で行われました。

ここで、飛行機の旅で凝り固まったカラダをほぐします。

ストレッチなどの軽い運動の後、裸足ランニングの基礎を教わります。

フォアフットの使い方、体幹の使い方、体のバネの使い方などなど。

軽く本日のトレーニングは終わり、マダンの美しい海と自然を満喫しながら、

夜は全員で食事をとりつつ交流し、PNGでのはじめての夜は更けていくのでした。

つづく。

ニューバランスミニマス裸足トレーニングキャンプ-初日-5/21
夜の成田空港はガラガラ。地震と不況と節電と夜という条件の影響か。機内では、激走UTMBのDVDを見る。ウルトラとトレイルの物凄さに圧倒されながらも、自然を走る素晴らしさに感動。これから始まる未知の国、パプアニューギニアでのトレイルランニングに思いを馳せる。そう、久しぶりの海外は、ニューバランスさんから4月に発売された、裸足感覚のトレイルランニングシューズ「ミニマス」を使ったトレーニングキャンプに参加するため、行く前は、何処にあるのかさえ知らなかったパプアニューギニアに行くことになったのでした。トレールランニングについては、ズブの素人で、二年くらい前のドロンコマンという車山で行われたリレーに冬至の会社の仲間とエントリーして依頼。ドロンコマンでは、2.5kmという短距離だったので、初トレイルながら甘くみていて痛い目にあいました。以後ロードだけを、続けてました。裸足にしても、普段の家の生活は100%冬でも裸足、夏の外ばきの基本は、サンダルですが、ランニングは、超初心者レベル。一月ほど前に裸足王子こと吉野さんの体験会に参加してこれから取り組もうと思ってるレベル。でもどちらもランニングの楽しさを拡張するものだと自分の中で思っています。パプアニューギニアの政府観光局とニューバランスのコラボレートでのタイアップで、実現したのでした。さて、そうこうしてるうちに六時間半が経過し、ポートモレスビーに到着。先ずは、入国手続きです。パプアタイムの洗礼にいきなり会いました。60日以内の観光の場合は、着いてからビザをその場で買ったらよいのですが、そのシステムというか、段取りがすごかった。先ずは、入国カウンターに並びます。まずは、ゆったりまったりパスポートチェックがはじまります。おどろくべきは、一旦カウンターを出てから、両替にまた延々と並び、両替終了後に、また、入国カウンターに戻って、100キナ(約38円)を支払パスポートを受け取り、バッグをピックアップして入国完了というシステム。しかも、ビザを持ってるヒトたちの列が終わっても終わったカウンターのスタッフが、ビザなし列を手伝うことなく、とっととさってしまいます。なので、最初から最後までビザなしの列は常に一列です。なんだかんだでこの間、約、、、1時間弱くらいだったとおもいます。もっとかな。。並ぶのキライな関西気質なのですが、ここは、ガマン。さて、次は、国内線に乗り継ぎ、トレーニングキャンプの地、マダンへむかいます。基本首都ポートモレスビーでも国内線は、歩いてタラップを登って飛行機雲の中にインします。これは、旅してる感があって、とても好きです。でもって、機内にはいります。指定された席番にいくと、走る.JPの山田氏と同じ番号ではないですか。よく見ると、ぼくのチケットの名前が、MR.YAMADAになってます。同じ名前のチケットを二回発行してたのね。エアニューギニーさん。さあ、こうなってくると、逆にに面白くなってきます。いや、むしろ、旅はこういうネタがある方がおもしろい。適当に空いてる席にすわり、いざ、離陸。山本の旅の痕跡はポートモレスビーで消え、マダンには二人の山田が、向かうことになりました。

つづく

ニューバランスミニマス裸足トレーニングキャンプ-初日-

5/21

夜の成田空港はガラガラ。
地震と不況と節電と夜という条件の影響か。

機内では、激走UTMBのDVDを見る。ウルトラとトレイルの物凄さに圧倒されながらも、自然を走る素晴らしさに感動。

これから始まる未知の国、パプアニューギニアでのトレイルランニングに思いを馳せる。

そう、久しぶりの海外は、ニューバランスさんから4月に発売された、裸足感覚のトレイルランニングシューズ「ミニマス」を使ったトレーニングキャンプに参加するため、行く前は、何処にあるのかさえ知らなかったパプアニューギニアに行くことになったのでした。

トレールランニングについては、ズブの素人で、二年くらい前のドロンコマンという車山で行われたリレーに冬至の会社の仲間とエントリーして依頼。
ドロンコマンでは、2.5kmという短距離だったので、初トレイルながら甘くみていて痛い目にあいました。

以後ロードだけを、続けてました。

裸足にしても、普段の家の生活は100%冬でも裸足、夏の外ばきの基本は、サンダルですが、ランニングは、超初心者レベル。
一月ほど前に裸足王子こと吉野さんの体験会に参加してこれから取り組もうと思ってるレベル。

でもどちらもランニングの楽しさを拡張するものだと自分の中で思っています。


パプアニューギニアの政府観光局とニューバランスのコラボレートでのタイアップで、実現したのでした。

さて、そうこうしてるうちに六時間半が経過し、ポートモレスビーに到着。

先ずは、入国手続きです。
パプアタイムの洗礼にいきなり会いました。

60日以内の観光の場合は、着いてからビザをその場で買ったらよいのですが、そのシステムというか、段取りがすごかった。

先ずは、入国カウンターに並びます。まずは、ゆったりまったりパスポートチェックがはじまります。
おどろくべきは、一旦カウンターを出てから、両替にまた延々と並び、両替終了後に、また、入国カウンターに戻って、100キナ(約38円)を支払パスポートを受け取り、バッグをピックアップして入国完了というシステム。
しかも、ビザを持ってるヒトたちの列が終わっても終わったカウンターのスタッフが、ビザなし列を手伝うことなく、とっととさってしまいます。
なので、最初から最後までビザなしの列は常に一列です。

なんだかんだでこの間、約、、、1時間弱くらいだったとおもいます。もっとかな。。

並ぶのキライな関西気質なのですが、ここは、ガマン。

さて、次は、国内線に乗り継ぎ、トレーニングキャンプの地、マダンへむかいます。

基本首都ポートモレスビーでも国内線は、歩いてタラップを登って飛行機雲の中にインします。
これは、旅してる感があって、とても好きです。

でもって、機内にはいります。
指定された席番にいくと、走る.JPの山田氏と同じ番号ではないですか。
よく見ると、ぼくのチケットの名前が、MR.YAMADAになってます。
同じ名前のチケットを二回発行してたのね。エアニューギニーさん。

さあ、こうなってくると、逆にに面白くなってきます。
いや、むしろ、旅はこういうネタがある方がおもしろい。

適当に空いてる席にすわり、いざ、離陸。
山本の旅の痕跡はポートモレスビーで消え、マダンには二人の山田が、向かうことになりました。

つづく

私利とメンツで政治が動かされる、

どうしようもない感情と思想と狂気と暴力が入り交じり戦いが起こる。

そんなことの繰り返しは、人間の特性なのか、

それとも進化するのか、しているのか。

世界にもっともっと目をむけていこうと思います。

zeroforce:

TRICOLORE SWEAT

今日、岡本太郎展にいってきました。
岡本太郎を知ったのは、最初は大阪万博の太陽の塔でした。
僕は母親のお腹の中で、万博に行ったそうですが、当然記憶はありません。
ですが、幼少の頃、ハンカチや、記念コイン、太陽の塔のフィギアなどの、
万博グッズが実家にあったのをよく覚えています。

太陽の塔のフィギアはなんだか子供には意味の分からないブッタイだったのですが、
子供ながらになぜか愛着があってよくさわっていたような気がしています。

しかし名前を知ったのは、やはりマクセルのCMで
「芸術は爆発だ!」といっていたり、テレビによくでたりしてからです。

なんか変なおっちゃんやなとそのころは思っていたと記憶しています。

しかし、なぜか縁あって、岡本太郎作品と出会うことになります。
そうです、30歳の時でした。
そのころ、僕は、ファッションの仕事から、デザインや広告の仕事がしたくて
会社を辞め、アートスクールに通うことにしたのです。

インターメディウム研究所大学院スクールというそのアートスクールは、
その当時の現代アート、写真、デザイン、建築、WEB、映像などが蒼々たる講師の先生方に
師事出来る学校でした。
日本のバウハウスを目指すというようなこともあったと記憶しています。

そこで、僕はグラフィックと映像を主に学ぶのですが、
その学校のあった場所がなんと大阪は吹田の万博記念公園だったのです。
そうです。あのホンモノの太陽の塔のお膝元だったのです!

この学校での二年間は今の僕に多大な影響を与えた二年間でしたが、
太陽の塔とともにあった二年間でもある訳です。

そんなこんなで、岡本太郎さんについては、熱狂的にファンだったり、めっちゃくわしかったり
するわけではないのですが、何気にずっと興味のあったヒトなのでした。
特に東京にでてきてからは彼のパブリックアートを目にすることがあり、
改めてスゴいヒトなんだと思ったものです。恥ずかしながら。

そして今日GW中の展覧会です。
会場の竹橋の国立近代美術館は30分待ちの行列でした。

彼の作品の各時代を彼が戦った対象と言う形の切り口で
キュレーションしてある展示でした。
彫刻、絵画、写真、映像、著作など、見る側にも爆発するエネルギーのいる
展示でした。
作品の存在感もさることながら美術のキュレーションの役割に改めて感動したのでした。
そして冒頭の写真は、展示の最後で全員がひけるスピードくじ的な企画、「太郎のことば」で
ぼくが引いたものです。

「いつも危険だと
思うほうに自分を賭ける。
それが生き甲斐だ」

なんだか勇気をもらいました。
そして自分の感覚だけですが(笑)、自然とそんな生き方をしてきたような気もします。

了解、やったるよ、太郎。
ありがとう。

今日、岡本太郎展にいってきました。

岡本太郎を知ったのは、最初は大阪万博の太陽の塔でした。

僕は母親のお腹の中で、万博に行ったそうですが、当然記憶はありません。

ですが、幼少の頃、ハンカチや、記念コイン、太陽の塔のフィギアなどの、

万博グッズが実家にあったのをよく覚えています。

太陽の塔のフィギアはなんだか子供には意味の分からないブッタイだったのですが、

子供ながらになぜか愛着があってよくさわっていたような気がしています。

しかし名前を知ったのは、やはりマクセルのCMで

「芸術は爆発だ!」といっていたり、テレビによくでたりしてからです。

なんか変なおっちゃんやなとそのころは思っていたと記憶しています。

しかし、なぜか縁あって、岡本太郎作品と出会うことになります。

そうです、30歳の時でした。

そのころ、僕は、ファッションの仕事から、デザインや広告の仕事がしたくて

会社を辞め、アートスクールに通うことにしたのです。

インターメディウム研究所大学院スクールというそのアートスクールは、

その当時の現代アート、写真、デザイン、建築、WEB、映像などが蒼々たる講師の先生方に

師事出来る学校でした。

日本のバウハウスを目指すというようなこともあったと記憶しています。

そこで、僕はグラフィックと映像を主に学ぶのですが、

その学校のあった場所がなんと大阪は吹田の万博記念公園だったのです。

そうです。あのホンモノの太陽の塔のお膝元だったのです!

この学校での二年間は今の僕に多大な影響を与えた二年間でしたが、

太陽の塔とともにあった二年間でもある訳です。

そんなこんなで、岡本太郎さんについては、熱狂的にファンだったり、めっちゃくわしかったり

するわけではないのですが、何気にずっと興味のあったヒトなのでした。

特に東京にでてきてからは彼のパブリックアートを目にすることがあり、

改めてスゴいヒトなんだと思ったものです。恥ずかしながら。

そして今日GW中の展覧会です。

会場の竹橋の国立近代美術館は30分待ちの行列でした。

彼の作品の各時代を彼が戦った対象と言う形の切り口で

キュレーションしてある展示でした。

彫刻、絵画、写真、映像、著作など、見る側にも爆発するエネルギーのいる

展示でした。

作品の存在感もさることながら美術のキュレーションの役割に改めて感動したのでした。

そして冒頭の写真は、展示の最後で全員がひけるスピードくじ的な企画、「太郎のことば」で

ぼくが引いたものです。

「いつも危険だと

思うほうに自分を賭ける。

それが生き甲斐だ」

なんだか勇気をもらいました。

そして自分の感覚だけですが(笑)、自然とそんな生き方をしてきたような気もします。

了解、やったるよ、太郎。

ありがとう。