今日、岡本太郎展にいってきました。
岡本太郎を知ったのは、最初は大阪万博の太陽の塔でした。
僕は母親のお腹の中で、万博に行ったそうですが、当然記憶はありません。
ですが、幼少の頃、ハンカチや、記念コイン、太陽の塔のフィギアなどの、
万博グッズが実家にあったのをよく覚えています。
太陽の塔のフィギアはなんだか子供には意味の分からないブッタイだったのですが、
子供ながらになぜか愛着があってよくさわっていたような気がしています。
しかし名前を知ったのは、やはりマクセルのCMで
「芸術は爆発だ!」といっていたり、テレビによくでたりしてからです。
なんか変なおっちゃんやなとそのころは思っていたと記憶しています。
しかし、なぜか縁あって、岡本太郎作品と出会うことになります。
そうです、30歳の時でした。
そのころ、僕は、ファッションの仕事から、デザインや広告の仕事がしたくて
会社を辞め、アートスクールに通うことにしたのです。
インターメディウム研究所大学院スクールというそのアートスクールは、
その当時の現代アート、写真、デザイン、建築、WEB、映像などが蒼々たる講師の先生方に
師事出来る学校でした。
日本のバウハウスを目指すというようなこともあったと記憶しています。
そこで、僕はグラフィックと映像を主に学ぶのですが、
その学校のあった場所がなんと大阪は吹田の万博記念公園だったのです。
そうです。あのホンモノの太陽の塔のお膝元だったのです!
この学校での二年間は今の僕に多大な影響を与えた二年間でしたが、
太陽の塔とともにあった二年間でもある訳です。
そんなこんなで、岡本太郎さんについては、熱狂的にファンだったり、めっちゃくわしかったり
するわけではないのですが、何気にずっと興味のあったヒトなのでした。
特に東京にでてきてからは彼のパブリックアートを目にすることがあり、
改めてスゴいヒトなんだと思ったものです。恥ずかしながら。
そして今日GW中の展覧会です。
会場の竹橋の国立近代美術館は30分待ちの行列でした。
彼の作品の各時代を彼が戦った対象と言う形の切り口で
キュレーションしてある展示でした。
彫刻、絵画、写真、映像、著作など、見る側にも爆発するエネルギーのいる
展示でした。
作品の存在感もさることながら美術のキュレーションの役割に改めて感動したのでした。
そして冒頭の写真は、展示の最後で全員がひけるスピードくじ的な企画、「太郎のことば」で
ぼくが引いたものです。
「いつも危険だと
思うほうに自分を賭ける。
それが生き甲斐だ」
なんだか勇気をもらいました。
そして自分の感覚だけですが(笑)、自然とそんな生き方をしてきたような気もします。
了解、やったるよ、太郎。
ありがとう。